呼吸の歴史
 ― ヒトの呼吸とそのこころ
 
魚の呼吸とヒトの呼吸
 
 ヤツメウナギの目のうしろには1列に並んだ7個の穴がある。口から吸い込んだ水はここから吐き出され,これは鰓呼吸と呼ばれる。7個の穴は鰓あなということになる。
 この奇妙な魚ヤツメウナギは,太古の脊椎動物のひとつの生き残りであるといわれる。現在のヤツメウナギに比べ,5億年昔のシルリア紀の化石をみると,現代のものとかなり格好がちがい,特に鰓の部分の発達が著しい。すなわちこの鰓によってより力強い拍動性の呼吸がなされていたと考えられる。
 人間の呼吸はこれに比べはなはだ変化にとみ,いわばとても不安定なものだということができると三木氏はいう。
 
鰓から肺へ
 
 植物の呼吸に比べて動物のそれはとても旺盛なものである。それは獲物を求めて動くからである。いわば手足を働かせるガソリンの燃焼が呼吸の役目であり,この火をうまく燃やすために新しい空気(酸素)を送り,けむり(炭素ガス)を出す。高等な動物ではまず口から吸い込まれた酸素が,消化管の特定の壁を通して血液に吸収され,さらにそこから体の中に運ばれる,いわば二段ロケット方式なのだという。
 この消化管の特定の場所が魚では口から入った鰓腸と呼ばれる大広間であり,これが上陸により空気を吸い込むようになると役に立たなくなり,代わりに肺ができ,空気はこの袋をふくらませここでガス交換がなされるようになる。
 
呼吸筋の革命
 
 ここではとても大事なことがいわれている。すなわち,鰓呼吸と肺呼吸では,それぞれの呼吸を司る筋肉にまるきりの違いがあるということなのである。
 一般に動物の体はすべて消化管が体壁の鞘に収まるというひとつの基本構造を持つとされる。この内外二重の筒は,植物性筋肉である内臓筋と,動物性筋肉である骨格筋の壁とに分かれている。内臓筋は内側の腸管,そして心臓,血管などの筋肉で,骨格筋は手足の筋肉やその他からだの支えをなす筋肉を称する。内臓筋は心臓を代表するように
疲れることを全く知らずに動き続ける筋肉であり,骨格筋は素早い動きをするが疲れやすく,絶えず休息を必要とする。魚類の鰓の筋肉は内臓筋であり,人間の胸の筋肉は骨格筋,すなわち動物性筋肉である。
 ちょっと考えれば分かるとおり,人間の呼吸は疲れやすい動物性筋肉によっている。これは大きな矛盾ではないだろうか。
 
人間の呼吸(いき)
 
 先に述べたように,我々人間の呼吸は動物性筋肉に頼っており,それは止めたりまた繰り返したりができるとともに,はなはだ疲れやすいものでもある。心臓のような休みのない働きが要求されることを考えると,手足の筋肉のように疲れたといって休ませるというわけには行かない。およそ片手間にできるという仕事ではないと三木氏はいう。
 人間であるぼくらは,ある時ハッと息をのむということがある。また,ひとつの仕事,深い思索の過程で,無意識のうちに息を凝らして打ち込むということがある。あるいは動作に専念しているとき,呼吸は止まっていることに気付く。
 呼吸と動作は両立し得ない。この指摘はあらためて考えてみると,驚きである。
 さらに三木氏はこのあと「間」について言及していくのであるが,この展開はまさに氏の独壇場といえるのではないかと思う。


続き


戻る